獅子舞の里
御津金川

戦国武将
松田氏の居城
玉松城
その麓に鎮座

お知らせ

2024.05.20

第二回「七曲七夕みたま祭り」開催します!

昨年、455年ぶりに御津金川の地に七夕祭りを復活させ、境内を七色の光で彩り、御津のあらゆる御霊を明るく弔う祭りを斎行いたしました。 今年度も前年度に引き続き、お祭りを斎行いたします。 是非とも、お越しください。 詳しく...

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七曲神社について

境内紹介

戦国時代より
水上交通の要として
県北と県南を結ぶ要所

当七曲神社は東に清き流れの旭川、 南に宇甘川、北に御祖の築く城跡の在る臥龍山 、その懐に鎮座しております。

戦国時代、1473年松田元就が臥龍山に金川城を固め七曲大明神を城の下におかれました。(金川村誌)

明治2年以降七曲大明神を七曲神社と改め金川の氏神として親しまれております。

七曲神社について(沿革)

ラストサムライ
瀧善三郎の武士道

神戸事件

天保8年(1837年)御津金川の地に生まれ
「神戸事件」で世界に名が知られている
岡山が誇るラストサムライ瀧善三郎

神戸事件とは

慶応四年(明治元年・1868年)明治維新直後に起きた
この事件は、明治最初の外交問題として歴史上大きな意味を持っています。
この国際問題を切腹で収めたのが瀧善三郎でした。

ラストサムライ瀧善三郎

倭武選三十六人図

重要文化財

備前岡山藩池田家家老、日置忠明により
寛文十三年(1673年)に奉納
三十六人の著名な武人を描く

狩野十兵衛による迫力の画

「宮ところてらす鏡のくもりなく代々をまもりのかけをたのまん」と金川の子々孫々の長久を願った絵馬
明治時代まで存在した武仙殿にかかげられていた

倭武選三十六人図